南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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検索の検索の検索の・・(以下、続く)

品質管理の考え方では、昔から「何故?なぜ?ナゼ?(?_?)・・」と繰り返せとある。そうして最終的に因数分解された疑問は原点とな要因にたどり着くという考え方である。まあ、これはこれで有効だと思う。最近は短絡的というか、結果からすぐに想定できる表層的な要因とその解決を図るって人が多いなと思うのであったり。

 
で、タイトルに書いたことなんだけど、世の中には自分の知らないことが色々とある。っつーか、知らないことの方が圧倒的というか壊滅的というか、とにかく砂漠の砂一粒のようなものだ。でも、人は知らないことでも自分に関係することであったり、なんとなく面白そうだなと思うと色々と調べたくなるものである。
 
昔であれば、まずは知っていそうな人に訊き、分からなければ本を探して購入してみたり、今はインターネットの検索エンジンで色々と探すこともできる。よく、「インターネットはソースの信憑性が・・」と言われるが、そもそもソレ自体を経験した人意外の伝聞であれ、ちゃんとした書物であれ、一定の疑念は持つものだと思う。そうやって伝聞を鵜呑みにして恥をかきたくなければだが。
 
最近はブラウザも色々と便利になってきたし、スマホが台頭してくるとスマホの小さい画面やUIの特殊性に合わせた便利なツールも色々とある。いやぁ、世の中便利になったもんだ。どうせなら、家の家事が更に簡単になるような機械やら、人との諍いをなだめてくれるようなモノとか、勉強しなくても自動的にすべてが頭の中に入ってくれるとか便利な・・と、キリがないわけだけれど、重要なことは、
 
  • 「知りたい」という欲求を心でしっかり掴む
  • それを満たすツールの使い方を知る
 
のが今風なんだろうなと思う。
 
例えば、僕はIT/IoT系(主にセキュリティと仮想化かな)が専門なのでその手のサイトを良く読む。で、これだけ人生の時間を使っても分からない単語が未だに呆れるほどたくさんある。英語だってちゃんと分かってるわけじゃないから大変。だからこそ
 
調べる/検索
 
するのである。最近のブラウザだと、分からない単語が出てきたらその単語なり文節をハイライトさせ右クリック(Macだと2本指タップとか長押しとかかな)。するとそこには「○○を調べる」とか「Googleで検索」とかメニューに出てくる。もちろんコピーして別のツールに食わせても良い。
こうやって人の行動の導線に従って、チェーンが連なるように言葉を追い込むことができる。これは先ほどの「何故?なぜ?ナゼ?(?_?)・・」に通じるものがあるなと思う。
 
知識はあればあった方が良いと思う。お金もよく同じように言われるが、あればあったで強盗に襲われないか?とか無くなったらどうしよう?とか、知らない親戚が増えたらどうしよう?とか心配の種は尽きない。しかし、知識はあった方が良いことばかり。いや、ほぼ、良いことばかり・・かな。
仕事や生活に役立つことはもちろん、不測の自体に対応することもできるかも知れない。ある欲求に対して低コストで解決できるかも知れない。物事の真偽を見抜くための材料になるかも知れない。そのためにも、普段からそういった「知りたい」欲求を育て、ツールを便利に使うのはとても有用なことだと思うわけだ。
 
最近はKindleなんかでも同様の機能があったりするし、様々なツールにそういった他のツールとのシームレースな連携ができるようになってきた。もちろん、世の中をアッと驚かすようなことをやって見せることも大いに有意義だとは思うけれど(もちろん正しいネタでやって欲しい)、そういう場に立ち会うためにも日頃からそういう姿勢を育てるのが良いんだろうなと思う。
 
ちなみに僕は、「ソレを知らないことによって、嫌いなヤツにデカい顔をされたくない」というのがもっとも強い知識欲求だったりする。(^◇^;)