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南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

日常生活で思うこと、電子ガジェット、オーディオ、映画、小説を紹介するサイトです。

レディースデーは性差別じゃないのか?

僕と同じで映画大好きな友人が、「メンズデーが無くなる!」と言っていたのを見て、ちょっと色々と思い出して考えてみている。

www.tohotheater.jp

なるほど、このページに「6月27日でメンズデーは割引き廃止」とある。他のTOHOシネマズのページを見てみると、これは劇場単位でやっている営業戦略の一環らしい。「あぁ、こうやって映画ファン、というか映画館に行く人たちを自ら減らして行くんだなぁ・・」と思う。値段を吊り上げて客足が遠のき、再び価格を戻したが手遅れだった某社を思い出す。

www.tohotheater.jp

 

おそらく、デパートなどの集客戦略との連動ということであるんじゃないかと想像できるが、そもそもこの辺、性差別じゃないんだろうか?「レディースデー 差別」辺りで検索するとウジャウジャと質問やら記事が出てくる。逆に考えればみなそう思っているのだろう。中にはこんな記事もある。

president.jp

この記事に違和感を感じないだろうか。途中の説明は分かる。だが、「「逆差別」などと水を差すようなことは慎み、おおらかな目で見ることが大切だと納得しておくことにしよう。」と締めている。なんじゃそりゃ?これ、逆に女性に対しても失礼ではないのか?女性はこの記事を見てバカにされていると思わないのだろうか?それに、この記事だと「時と場合によっては差別も仕方ないじゃないか」と言っているのと同じことのように思える。

 

とかく女性は「弱者」として位置付けられ、やたらと特別な扱いをされていると感じる。男女差別を高らかに主張しながら、別のポイントでは「弱者」を主張する・・そう思えるのは僕が男性だからだろう。それはもちろん慎重に考えなければならないポイントだと思う。変な例で申し訳ないが、会社の喫煙所に行くと面白い光景が見られる。女性から男性は「タメ口」、逆に男性から女性には「敬語」。面白いのが、男性の職位が高かったりする。派遣社員の女性が部長にタメ口、だが、その女性に対して男性陣は敬語。こういうことがどうして起こっているのかといつも不思議に思うし、同時にそれが何故起きているか考える必要があると思う。でも、ベースにあるのはこういうことなのではないか?

例えば作業などにおいて、それが性差によるものであるのなら分からないでもない。例えば女性は肉体的には男性ほどの筋力はないことが多い。だったらそういう仕事は男性が主にやれば良いと思うし、それを「差別」だと言う人はいないだろう。逆に言えば、それを女性が「私はやりますけど?」というのも自由だ。つまり差別を生み出しているのは、当の本人だったりすることもあると思う。

 

他にも「女性専用車両は」不当だとは思うが、女性の立場になってみれば分からないことじゃない。実際に痴漢被害は深刻だし、それを行っているのはほぼ男性だ。しかし、これによって冤罪を誘発している事実もあるし、それが犯罪まがいであったらどうするのか?そのための「女性専用車両」なのだ。だが、公平を唱えるのなら、同時に「男性専用車両」も作るべきだろう。僕だったら迷わずそちらに乗る。

 

つまり、例えばパフェの「営業戦略」としてレディースデーがあるのも理解できるが、だったら無意味と思えても、同時に「メンズデー」を作らないと明らかに不公平だろう。Wikiのページを引っ張っているが、法律にもそう明確に記載しているし、それを声高に主張しているのが今の「法の下の差別を無くす」ことであるのだから。

男性差別 - Wikipedia

都合の良い時に「性差」を出されても「法の下の平等」とは言えないだろう。例えそれが個々の「営業戦略の一貫」だとしても。

 

話しが大きくなってしまったけれど、本来であればこういうことから是正していかなければ、様々な差別なんて無くならないだろう。色々と拡大解釈されたり、些細なことだからと水を濁されることでそれが大きなことへの小さな温床となりえるのだと思う。差別は「自然にできるものじゃなく、作り出しているもの」という認識を持って欲しい。