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南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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【ネタバレ】「知りたい」という欲求の力と親との愛情の複雑さ(映画:ものすごくうるさくて ありえないほど近い)

 最近、身体の痛みが酷くてあれこれ試し始めた。運動は無理だからストレッチ、サプリメント、ヨガなどなど。この痛み、当然、他の人には理解できない。割と辛い・・ので、なんとかしようと足掻いている毎日である。

 

さて、先日再視聴した「リトルダンサー」が以前とは違う印象を持ったのをキッカケに、同じ監督の作品と知って観てみた「ものすごくうるさくて ありえないほど近い」について書いてみようと思う。

 

まずは物語の概略について説明してみる。

9.11テロによって大好きだった父親を亡くしたアスペルガー症候群の少年オスカー。彼が父親の遺品から一つの封筒に入った「鍵」を見付ける。それを父親からの自分へのメッセージと確信した少年が、その謎を追う。

簡単に言えばこうだ。よくある話しだと感じる。

 

最初に惹かれるのはそのタイトルだろう。「ものすごくうるさくて ありえないほど近い」。このタイトルの言葉の意味は最後に分かる。とても興味や想像を膨らまさせる刺激的なタイトルだし、その難解さは終わってからでもいくつかの解釈が成り立つだろう。小説版も読んでみようか・・そんな気にさせる。ただ、原題も同様の意味のタイトルだが英語にするとそれが奇をてらって作られたタイトルではないことに気付く。とてもストレートで端的に物語の本質を伝えたタイトルだと思う。

 

この映画の特異な部分はいくつかあるが、まずは聡明な父親を突然亡くしたこと、背景が9.11という未曾有のテロ事件であったこと、大好きな父親だったのにその最期の電話でのメッセージを受け取る勇気が無かったこと、そして主人公の少年オスカーがアスペルガー症候群であることなどだろう。

父親像は良く書かれている。トム・ハンクスが演じるのだから当たり前なのだろうが、息子の成長のために必要な生きるための基本的な能力の成長を促すために、彼は様々「ミッション」をゲームとして与える。息子がアスペルガー症候群であることも関係しているのだろう。息子がこの先の人生を幸せに過ごすために、そして同じ聡明さを引き継いだオスカーもまたそれに呼応するかのようにその「ミッション」の謎を解いていく。そしてオスカーは「6番目のミッション」として「幻のNYの第6区を探すこと」の最中に父親を亡くすわけだ。こんな父親、日本ではちょっと見掛けたことがない。子供の手本になる素晴らしい大人のひとつのカタチだろう。できすぎだと言う人は多いだろうが、本当に素晴らしい父親だと思う。

 

最初の感想としては。

オスカーにどっぷりと感情移入してしまった

である。中盤からオスカーの行動に目が離せなくなり、自分のことのように思えた。異国の少年。アスペルガーを抱えて、多くの人たちとは異なる奇異とも思える行動すらする少年。そこに感情移入できるのは謎を「知りたい」と思う欲求の深さからくるものであると考える。最近の映画でここまで感情移入できた作品はない。

オスカーの言葉遣いや衝動的な行動は、その国の文化やアスペルガーのこともあるのだろう。人によってはこれだけで抵抗を受けるかも知れない。しかし、この映画にはそれを超えるだけのチカラがあると感じる。

 

愛している父親の突然の死、母も少年もそれを受け入れることができない。更に自分には父の最期の言葉を受け取る勇気がなかった、取り戻せない後悔。そんな時に彼はあるものを発見し、それを父親から自分へのメッセージと思い込んだ。

手がかりは父親のクローゼットで見付けた、マーキングされた小さな新聞の切り抜き1本の鍵。それも鍵は青い小瓶に隠されたように入っていた「Black」とだけ書かれた封筒に入った、どこに嵌まるのかまったく分からない鍵。まずは少年はその「Black」を頼りに鍵の謎を解こうと考える。そこに大好きだった父親から彼へのメッセージがあると信じると共に、死に直面した父親からの最期のメッセージである電話を受け取る勇気の出きなかった自分へのある種の「贖罪」も含んでいるんだろう。

ここで普通であれば「Black」を何故「ラストネーム」として捉えるのか?と疑問に思うかも知れない。僕はアメリカに知人も多くなければもちろん住んだことも無いが、おそらくそれが「佐藤」とか「鈴木」であれば迷い無く名字と思う筈だ。「Black」もそれと同様だろうと想像する。ちなみに僕の名字もそこそこ変わっていて、当時人口2.5万人の小さな街に4軒しかない名字だった。それでもほとんどの人はそれを「名字」として捉えてくれるだろう。NYで「Black」がどの程度の割合なのか分からないが、少なくとも216軒あるのならそれをラストネームと思うことは不思議なことではないだろうし、封筒のメモへの仕方も含めて「舞台は日本ではない」ことを留意しなくてはならない。

そもそもだ。こういう点を不自然やご都合主義と思うのなら、例えばSFなんて「あり得ない」映画だし、こういうことに文句を付けるのは映画を好きで観ている人ではないと思う。映画の舞台装置の一部だ。「街でGodzillaなんて見たことないぞ?」なんて言うヤツはいないだろう?なんでも自分の尺度で「分かったつもり」になっていると、物事の本質を捉え損なう。まあ、これは僕自身が青年期に散々味わったことではあるが。

 

オスカーの調査は非常に数学的で理にかなっていると思う。個人的なアスペルガー症候群への認識とは異なることから、これは父親が息子の将来を考え、様々な「ミッション」を与え続けた結果でもあろう。

ちなみに、ウチにはこういう本が置いてある。これは家人が障がい者と関わる仕事を持っているからで、当然、僕もその内容についてはある程度知っている。まあ、知っているだけで実際に対面して関わる家人とはまったくレベルが違うのだが、だからこそ家族としての僕にも分かりやすいようにこの本が家にある。

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オスカーは父親を通じて培われた数学的で論理的な捉え方で「鍵の穴の場所」を絞り込み、それを父親が教えてくれた「ミッション」を通じた手法で探し続ける。地域を絞り、「Black」というラストネームの人たちに一人一人会うという方法でだ。だがそう簡単にはいかない。そもそも人とのコミュニケーションを取ることに困難の伴う障がい・・いや、個性と言いたい・・がある。それでも彼は多くの人に会い、その「鍵の穴」を探し続ける。

孫を気遣うためか、それとも息子を亡くした祖母のためか急遽呼び出された失語症を持つ祖父もそれに加わる。祖父が、祖母と家族と疎遠になったことはなにか理由があるのだろう。しかし、祖父もそのミッションの過程で「孫を傷付けている」と感じてしまう。僕はそうではないと思う。言葉は辛辣で感情的で敬意を欠いていると思えるが、そうではないだろう。アスペルガー症候群であることを踏まえても、大好きな父親の謎であるのなら尚更だ。だがその思いは届かない。いや、多くの人はその尾を掴むことはできないだろうと思う。ある意味、当然だと思う。逆に考えれば、それほどオスカーの傷は深いのだろう。いや、当然か。

 

そして物語はオスカーが新聞の切り抜きにあるマーキングが一つではないことに気付くところから急激に動き始める。そこには同時に電話番号にもマーキングがされていたからだ。

早速そこに電話をすると、電話に出たのは最初に訪れたアビー・ブラックの家の電話であった。そして彼は鍵の秘密を知り、それが自分へのメッセージでないことを知る。ここは書かないでおこう。ある意味、残酷な結果に、オスカーはヒステリーを起こす。自身も失意のどん底にあった筈の母親が彼を抱き、そして彼の行動を追い、時には先回りしていた事実を伝える。そう、この「ミッション」を支えていたのは母親も同じだったのだ。そこで彼はやっと母親の愛情の深さを知る。同時に母親は息子の行動を通じ、亡くした夫への喪失感を取り戻したのであろう。最後の母親の表情の温かさがそれを教えてくれている。

 

物語はクライマックスを過ぎたかと思われた。オスカーがセントラルパークの岩に登り、小さな湖を見た瞬間に僕の身体に電撃が走った。最初に与えられた「6番目のミッション」、その答えだ。その後のオスカーの行動と、そしてミッションを完遂した結果は是非映画をご覧になって欲しい。用意周到に置かれた場面は作為的で「泣き」を誘うものであったと思う。それでもその言葉は胸に刺さる。そう、感情を持ってかれた僕自身へのメッセージとしても。「おめでとう、第6区の存在と自分のすばらしさを証明した」の言葉と共に。

 

オスカーはこの「鍵の穴探し」という困難極まるミッションを完遂させ、そして更に成長を遂げた。不思議と涙も感動もなく、やり遂げた達成感が心に残る映画である。そしてこの映画のタイトル「ものすごくうるさくて ありえないほど近い」の意味を考える余裕が出たのである。みなさんも是非考えてみて欲しい。

 

余談ではあるが、2つのことを言いたい。

まずは、この映画がアメリカであまり評価されなかったこと。9.11を背景としたことが無関係ではないだろう。それほどまでにこの事件はアメリカにとって僕ら日本人が想像もできないような大きな傷あとを残したに違いない。それがこの映画を正面から絶賛できかねる要素があるのだと思う。

もう一つ、是非、特典映像を観てもらいたい。些細なことだが、映画の中で使われた「探し人の掲示板」に貼られた一枚の写真。そこには実際に9.11で亡くなった方の写真が使われ、それにまつわる奇跡(というとオーバーだと思う)が綴られている。むしろ感動的であったのはここだろうと思う。

 

終わってみて、今になってアレコレ感慨に耽っている。「ものがたり」としては「リトルダンサー」の方が好きだ。「心温まる映画」だったら先日の「マイ・インターン」の方が良い。だが、家族の絆と一人の少年の傷の癒やしを描いた「映画」として心を奪われたのはこの「ものすごくうるさくてありえないほど ありえないほど近い」だ。好き嫌いが分かれるのは確かだろう。それでもちゃんと観て、色々と考える楽しさを味わって欲しい・・と思った映画である。