南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

猫とガジェットと映画と小説の毎日です。

広告の煩わしさとビジネスとしての斜陽感

もちろん、広告ビジネスを否定するものじゃない。でも、最近だとテレビだと6分近くのCMが番組に挟まれるのも珍しくないんじゃないかな。動画サイトや通常のWebサイトでもしかり。とにかく広告だらけでメインのコンテンツを視聴するのにも流れがぶった斬られて嫌な気分になる。

最近はテレビはあまり観ないが、映画だけは録画している。CMはもちろん飛ばして見ている。僕みたいにテレビは基本、録画視聴、CMは飛ばすという人は多いんじゃないかなと思える。それくらい邪魔に感じるからだが。そんなCMでも効果はあるのだろう。一向に減るどころか増えていくばかり。中身も視聴者の気を惹くためか凝った作りのものあったりするが、見たくて見ているわけじゃないので何の関心も持たない。この先、広告ビジネスはどうなっていくんだろうな・・フとそんなことも考える。

動画サイトも最初は広告が少なかったし、あっても視聴を妨げるのは最小限だった気がする。今は、広告を飛ばすことができなくなっていたりもするが、それはまあ、視聴料を払えということだろう。それはすなわち、広告の意味をなさないことを示してもいる。僕自身は動画サイトもあまり見ないので気にしてはいないが、Webサイトでページ遷移のたびに動作を停止して広告が入るものがある。中にはその広告を閉じるボタンが極力小さめに設定されていて、閉じるつもりで広告を表示してしまうことがある。思わず舌打ちが鳴る。ワザと操作者がミスをするように設定するという悪意に似たものを感じるからだ。同じ広告でもヒッソリと片隅に表示されていた方が、その広告や広告主に対しても好感が持てる。もちろん、広告の設定は多用で、サイト運営者が選択しているのも分かるんだけど。

もちろん、広告がなければ無料で利用することができないサイトもあるし、仕方がない部分であるとの認識はある。それでも、この視聴者なりの利用者が不快に思う以上、このビジネスは既に破綻の淵に立っているんじゃないのかなぁ・・なんて感じてしまう。テレビで映画は録画してあると書いたが、実際には録画された映画を少し見て、面白そうだったらNetflixやAmazon primeなどの有料サービス、または音質も期待するのならディスクメディアを買う。なので、テレビで録画された映画は、「今まで出会わなかった映画との新しい出会いの場」であって、そのまま視聴するのは稀だ(逆に言うと、ストリーミングサービスは俯瞰的に新しいコンテンツにたどり着くのが難しくも感じる)。

良いものにお金を払うのは当然だと思う。だから、良いと思ったらコストが掛かっても見る。それが進めば、いずれはわざわざ広告が入ったものは利用しなくなり、人目に付き、興味を誘うような広告は意味をなさないものになるんじゃないかな・・そんな気がする。