南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

猫とガジェットと映画と小説の毎日です。

意味はなんとなく分かっても、不思議な時代劇の言葉たち

先日、「ベン・ハー」を観ていてちょっと思った。

英語でも時代劇みたいな古い言葉?言い回し?ってあるのだろうか?

って。まあ、以前から思っていたことだけれど、残念なことに僕は英語が堪能とは堪能とは言い難い。で、最近はGoogle先生がいるのでちょっと調べてみると色々と出てくる。面白かったのは以下のブログかな。

world-manga.at.webry.info

 

で、「なるほど〜・・確かに映画じゃあまり聞かないわなぁ〜」と思いつつ。これも映画で先日観た「大魔神」を思い出す。そもそも日本の時代劇だって現代では使われていない表現がたくさんある。真っ先に「かたじけない」を思い出して、コミック「BANANA FISH」で二世のアメリカ人、ケン・クロサキが十市の自宅で家族に「かたじけない」と言って「だ、誰に言葉習ったの?」みたいなやりとりがあったことを思い出す。

 

ここからが本題。

じゃぁ、そもそも「かたじけない」ってどういう意味で語源なんだろうと調べてみる。「語源由来辞典」というサイトがあったのでそちらから。

gogen-allguide.com

これによると、簡潔に書けば使い方の意としては、

「ありがたい」が一般的なのに対し、あらたまった丁寧な言い方である。本来は自分の言動を考えた場合、その言動に引けがある場合に使う。または身分の低いものが「ありがたい」や「もったいない」という感謝の言葉として使う。

ということらしい。語源としては、諸説あるようだがこのサイトでも色々と紹介している。個人的に多く使われるのはこれかなと思う。

「恐れ多い」という意味の方は「ありがたし」の「がたし」の例から「かたしけ(難儀)なし」が語源と考えられる。

なるほど・・と思うと同時に時代の変節で変わる言葉というのは面白いなと思う。

もう一つ、以前から不思議だった「ちょこざいな!」である。

上記のサイトによると「猪口才」と書くらしい。

小生意気なこと、こざかしいこと。「ちょこ」は「ちょこちょこ」「ちょこまか」など目立たない小さな動作を表し、「ざい」は漢字の「才」であり「才能」のことである。それが原義で、そこから「利口ぶって生意気」という意味になっていく。

ふーむ、これも予想外。そもそも「猪口」だとお酒を飲む器のアレであって、「人間が小さい」って感じかなぁ・・とも思っていたのだが、それだと微妙に会話になってない・・とは思っていたが。

 

こうやっていくつか調べていくと面白いね。「岡っ引き」とか「うつけ」とか。「たわけ」なんかは今でも愛知県辺りで使うけれど、意味をちゃんと調べると微妙に違ったり。そういう意味では「土左衛門」もそうだね。興味があったら調べてみよう。

 

僕は「正しい日本語」に固執するつもりはなく、そもそも言葉とは、「コミュニケーションの道具」であり、相互の意味を伝達することに不足なければ良いと思っている。もちろん対外的に重要なポイントで「正しい日本語」が求められることは少なからずあり、それを覚えることは大切なことであると思う。国語はシッカリと勉強しよう。

だが、「ヤバい」とか昔に無かった言葉でも今は意味として通じるし、「程度」が分かる面白い言葉だなと思う。「全然」なんかは昔と使い方が変わっていて・・なんて話しを聞くが、それが間違いだった?なんてことも話題になったことがあるわけだし。

matome.naver.jp

つまるところ、状況によって使う適切な表現は必要としても、それが相手に伝わるかどうかが重要であることは変わらず、それを紋切りに「間違ってる」と断罪するのもどうかな?と思ったりするわけだ。言葉って面白いし難しいよね。

 

こういう時代の流れって面白いよなぁ・・チョンマゲとかも・・と思いつつ、あの遠い夏の日を思い出す53歳であった。トシ食ったな、オレも。( ̄Д ̄)ノ