南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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ヒネくれ者が大活躍な一気読み小説(小説:ガダラの豚)

久し振りに「一気読み」の小説に出会った感がある。中島らも氏の「ガダラの豚」である。

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正直に書こう。作品名も作者も「聞いたことがある」程度だった。何かで話題になったよなぁ・・という遠い記憶。僕にはその程度の作品であった。読書は好きだけれど、他にも好きなことはたくさんあって、それほどの読書量が無いこと、好きな作家に出会うと、割と網羅的にその作家の本ばかり読む傾向があることも理由の一つだろう。

 

で、「ガダラの豚」である。

民俗学者である大生部多一郎は、テレビで超常現象について解説するアル中の教授。長女を東アフリカの熱気球で失い、妻が新興宗教に嵌まったり、それにまつわる超常現象をトリックで解説したりと忙しい毎日である。民俗学者として大生部はテレビ番組制作の一貫としてケニアに「呪術師の村 クミナタトゥ」にロケ班、妻と息子を連れて調査に赴く。そこで強力な呪術師に呪いをかけられてしまうのであった。家族を守るためにはどうすれば?

物語としてこんなところだろうか。

僕が考えるに、この小説の面白さは以下にあると思う。

  • 「呪い」というオカルティックな話題がベース
  • 事件がテンポ良く?起きること
  • 新興宗教、呪い、マジシャンとトリック、超自然的パワー、麻薬組織、テレビ放送の裏側など、要素が盛りだくさん
  • 少しヒネくれた会話のやりとりや個々の能力など、それぞれのキャラクターの棲み分けと楽しさがある
  • オカルトなのかトリックなのか?と考える部分がてんこ盛り
  • 単純に文体と構成が読みやすく面白い

こんなところだろうか。実は、まったく予備知識もなくて読み始めた上に、最初は1巻だけだと思ったら3巻まであったという事実。楽しみが増えたのは良いが、「次ぎに何が起こるのか?」が気になって読まずにいられない。なので「一気読み」と書いたのだが、これ、このエントリーを書いた後にネットで検索してみたら(基本的に他人の感想はエントリーを書いた後に読む。出ないと他人の主観が入るから)、「一気読み小説」とたくさん紹介されているではないか(当然、この一文も後から追記したものだ)。同じような感想があるのも頷ける。そんな作品である。

 

特に面白いなと思ったのは会話のやりとりである。個々のキャラクターの棲み分けのためだとは分かるが、ベースが「呪い」という重くてキナ臭いテーマなのに、会話が妙に明るい上に「ヒネくれた」ものが多いためか、それほど気が重くなることもない。これが全体的なテンポの良さに繋がっていると思う。もちろん、それが自分の好みに合わない人も多いとは思う。今までも、小説を読んでいると「あぁ、こんな文章を書ける人になりなぁ・・」と思うことが多々あるが、中島らも氏もその一人に加わった。こうなると他の作品も読んでみたくなるというものだ。

 

それから「呪術師」の存在もとても興味が出てきた。小説の中ではアフリカへの調査旅行の段階で、実際のアフリカの様子がとても細かく書かれている。初めて知ることばかりでとても新鮮だった。「旅行は基本的にビーチへ」という変なポリシーを持つ僕だが、アフリカも行ってみたいな・・という気分にさせる。まあ、潔癖症に近い僕が実際に行くことは無理だろうなとも思うのだけれど。その中に現れる「呪術師」。今までは悪行を行う者という印象を持っていたのだけれど、違うのね。むしろ「陰陽師」みたいなものかとも思うし、高僧が賜るという霊力に似たものかと思う。更に、その役割は裁判官みたいなものだ・・というくだりはとても興味深かった。大岡越前の「子供の親なら、その子の腕を引いて勝った方が本当の親だ」という「子争い」の逸話を思い出した。

また、「超能力者」として登場する清川は、キリアン・マーフィー演じる「レッド・ライト」を思い出した。あの映画はそれほど高評価じゃなかったけれど、個人的には割と好きだ。

 

物語の主軸となるのはタイトル通り、「ガダラの豚」である。これは新約聖書に登場する「ゲルゲサ」という場所での物語である。

主イエス・キリストがガダラ人の住む地、ゲルゲサを訪れた時のこと。その地には悪霊レギオンに取り憑かれ、凶暴になった人が住んでいた。悪霊はイエスに封印させられないことを懇願し、豚の群れに乗り移る。そして豚の群れは崖を下り、ガリラヤ湖でおぼれて死んだ。

これがその逸話であるのだけれど、この「悪霊が乗り移る豚」が主人公の大生部一家とその周辺の人々と、呪術師バキリとの戦いになぞられているのだろう。実にインパクトのあるタイトルでもある。

 

とにかく久し振りの一気読みなので少々疲れたことは否めない。「歳だよなぁ・・」と思ったのだが、中島らも氏の経歴を調べてみると、既に故人、しかも今の僕の年齢(52歳・・まあ、もうすぐ53歳だが)で亡くなっているんだね。その間にどのくらいの作品を書かれたのか、これから調べてみようかと思う。次ぎの楽しい作品に出会うためにね。