南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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映画「Love Letter」〜ほのかに残る子供心の甘酸っぱい初恋〜

僕は「一番好きな映画は?」と訊かれれば必ず「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と答えている。シリーズを続けてあれだけのクオリティを持ったエンターテイメント映画は未だに存在しない・・あくまで自分の中ではだが。

 

では、「一番大切にしている映画は?」と訊かれれば、答えは違うだろう。岩井俊二監督、中山美穂主演の「Love Letter」だ。大切にしているから、何かキッカケが無いと観ない。何か自分にとって精神的な拠り所として特別な時間・・そんな時に観る映画だ。

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さて、このエントリー、ネタバレが含んでいるのでその辺が苦手な人は残りは読まないで欲しい。それと、書いているうちに熱が入ってしまって長くなってしまった。長い文章は決して読みやすくはない。シンプルに纏めたつもりだが、読んでいただける人に伝われば良いのだが。

 

物語は中山美穂演じる渡辺博子の夫、藤井樹(いつき)が登山による事故で亡くなり、三回忌のシーンから始まる。夫が亡くなって2年が経ち、なおその想いを断ち切れない博子が、フと見付けた卒業アルバムから夫の中学生時代の小樽の住所を発見する。夫に想いを残す彼女は、返ってくるはずの無い藤井樹宛の手紙をその住所に送る。しかし、返信はあり得ないことに戻ってきた・・彼女は動揺しつつもその相手と文通を始める。

 

どうして返信が来たのか?それは物語の前半ですぐに明かされることになるのだが、そこには夫、藤井樹と同姓同名でしかも女性の同級生がいることが分かる。きっと名前から彼女の元に手紙が届いたのであろう。ここは中山美穂の一人二役であり、彼女の女優としての技量を試される部分である。そして、この一人二役は後で大きな意味を持つ。

 

博子は現在の恋人、秋葉茂(豊川悦司)と共に謎を解き明かすため、小樽に飛ぶことにした。秋葉としては博子の心に残る藤井への想いを断ち切るため、博子は残った想いのやり場に困惑しての決断だったのだと思う。

 

博子と小樽の藤井樹との手紙のやりとりによって、現在の藤井樹は徐々に自分の中学生時代の同姓同名の男子、藤井樹との思い出を回想していく。思い出をなぞるうちに彼女自身がある種の「特別な意識」を相手に見いだしていたことに気づく。幼いが故に気づかなかった相手からの特別な感情らしきもの。彼女は博子の言葉に触発され、その想いを徐々に蘇らせる。

 

一方、博子は秋葉と共に小樽を訪れ、今は国道になってしまった夫、藤井樹の生家の住所にたどり着く。秋葉の底抜けの明るさと行動力で、文通相手の藤井樹の自宅にたどり着くが、タイミングが悪くすれ違ってしまう。後から考えればこれはこれで良かったのだと思う。過去と現在とは言え、ある意味同じ人を愛した二人であり、エンディングを考えれば残酷なシーンでもあるのだから。

ただそこで、博子と今の藤井樹がとても似ていることを知らされる。「私は彼女の代わりだったの?」。誰もがそう考えてしまうだろう。既に夫、藤井樹の考えは分からない。残酷な現実である・・が、僕はそうは思いたくないし思えない。大人の男がそんなことで妻を選択するだろうか?出会いのキッカケになり得はするだろう。しかし、恋愛はそこから育てていくものだ。しかし、博子にはショックであったことは疑いの余地がない。そういう意味で残酷なシーンだと感じる。

 

小樽の藤井樹は中学校の生活での様々なことを思い出して行く。同姓同名でからかわれたこと、藤井樹が自分にした幼稚な悪戯、同じ図書委員として過ごした日々、そして親の引っ越しによる無言で唐突な別れ・・。彼は借りていた一冊の本を彼女の自宅にわざわざ届けに来た。引っ越しのことは告げずに。

そして翌朝、彼が引っ越しでいなくなったことを知る。その時、彼女の心に芽生えた妙な寂寥感。その時の彼女は幼すぎてその実体を掴むことができなかったのだろう。唯一、クラスメイトのからかいに激情し、花瓶をたたき割るシーンで彼女の気持ちが滲む。突然現れた別れと、幼くてほのかで甘く、清純な甘酸っぱい想いが現れた。その後の彼女がどうやって彼のことを忘れていったのかは描かれていない。それは誰でも同じだろう。幼い頃の幼稚とも思える初恋は得てして成就せずに心の奥深くに眠るものだ。

 

そして博子に促されるまま、小樽の藤井樹は卒業した学校の写真を撮影に行き、昔の担任であった教師から彼の死を知らさせる。彼とはどういう関係であったか、どういう想いだったのか、彼の行動はどういう意味があったのか。謎は謎のまま、想いは膨らんでいく。そして現在の図書委員の学生たちの間で自分自身が有名人だったことを知る。それは、多くの図書カードに最初の借り手として「藤井樹」と書かれた署名が数多く存在することを知る。もちろん、彼女ではなく、彼のものだ。そこに彼の想いを垣間見ているのだと想う。ハッキリしない「何か」を。

 

博子は秋葉から夫、藤井樹が遭難した山に行こうと告げられる。秋葉の思いとしては恋する彼女、悩む彼女にひとつの区切りを付けてあげたかったのだろう。彼女は拒んでいたのだが、結局同行することにする。自分の愛する者を奪った「山」に恐怖に似たものを感じるのと同時に、ここまでの経緯で自分自身の迷いが彼女を躊躇させたのだろう。

山は白く美しいと共に、その自然の厳しさを見せる。圧倒的な自然の前には個人など無力に等しいだろう。そして彼女は、亡くなった夫、藤井樹に叫ぶ・・。

 

「お元気ですかー!!」

 

と。文字だけだと間抜けに見えるかも知れない。しかしその言葉は失った最愛の人への執着と、自分の想い、そして別れを伝える言葉なのだろう。声は徐々に大きくなり、最後は涙と共に崩れ落ちる。このシーンは圧巻だ。何度観ても涙無くしては観られないシーンだ。おそらく一生心に残るシーンだろう。そして彼女は藤井樹と決別をし、前に進むことができるに違いない。

 

そして小樽の藤井樹の元に、現在の図書委員の子たちが一冊の本を持って自宅を訪れる。それは彼から引っ越しで別れる際に「返しといてくれ」とぶっきらぼうに渡された本。タイトルは失われた時を求めて。図書委員の子たちが持ってきた本はそれだった。そしてその図書カードの裏を見ると・・

 

そこには彼女を描いた肖像画が描かれていた。

 

それだけで充分だろう。彼の想いは大人になり、自らが命を落とした末に伝えられた。既に帰らぬ人となった彼だが、それで充分だろう。その時の切なさと寂しさ、そして感激がない交ぜになった中山美穂の演技が秀逸だ。

 

素晴らしい映画である。だからこそ、観る時を選びたい大切な映画である。

映画的に言えば、一人二役の中山美穂の役柄に応じた演技の幅を感じさせる。彼女がこんな演技ができるとは思っていなかった。一人は脳天気にさえ見える明るい女性、もう一人は影を纏った物静かで清楚な女性。まったく別のキャラクターだ。

そして二つの物語に過去のシーンを織り交ぜ、そこに「想い」を込めた見事なシーンの数々。加えて若干のミステリーやギミックを含んだ、伏線を張ったストーリー展開。個人的にケチの付けようがない映画だ。

ちなみに音楽も素晴らしい。すぐにサントラを購入し、家人が見付けてプレゼントしてくれたのだが、今でも静かな夜にたまに聴いている。

 

正直に言うと僕は邦画はほとんど観ない。チープで何でも言葉で説明してしまい、考える余地がない。一言で言えば丁寧さを感じ無いのだ。かと言えば、芸術的に見せようと訳の分からないシーンを織り込んでみたり、奇をてらってみたり妙に泥臭かったり。本来なら日本人であるべき僕が日本の映画に感情移入できて当然だと思うのだが、それができる作品はごく限られている。

そして、この作品もその一つであり、自分の中では最高傑作である。

 

「是非、観てみて下さい。」とは言わない。ただ、「興味があるならね。観てみても良いんじゃない?」と。大切にしたい気分がそんな言葉になるんだろうな。そんな気分の映画である。