南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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映画「ストレイト・ストーリー」に老いの意味を思う

足の劣化?のせいか、外に出るのがだんだん億劫になりつつあるところに、元来の映画好きに加え、ウチの家人も映画だ大好きなこともあり外出するよりはむしろ家で映画を観る生活になって久しい。ところがこうやって毎日のように映画を観ていると、だんだんと「観たい」と思う映画が少なくなってくるのは必然である。もちろん映画は毎年大量に作成されているのだが、多くはそのレビューを読むだけで萎えるものが少なくなく、もちろんそれだけで判断してはいけないと思いつつ、2時間ほどを占有することを考えるとどうにも手が出ない。まあ、映画意外にも本を読むことは好きだし、家事も好きだから時間を持て余すことはないのだが。唸るような映画に出会いたいという渇望は高まるばかりだ。
 
そんな中で「ストレイト・ストーリー」を観てみた。

 
これ、宣伝で「絶対に観るべき!」みたいなフレーズが頭の片隅に残っていて、そういう映画は大抵ハズレだとも思っているが、老人がもうずいぶん会っていない病床の兄にトラクターで会いに行く・・という一見なんの刺激も無さそうなストーリーが逆に気を引かれ、先日観てみた。
 
簡単に言えば、個人的に捉えた命題は「老いの意味と自尊心」だろうか。
 
僕はまだ50代・・「まだ」と言っていいのか分からないが・・なのだけれど、50代になった頃からだんだんと人生の時間を逆算するようになってきた。カウントダウンである。かといって人間の命は儚く、カウントダウンが突如打ち切られることもあろう。だからこそ今を大切にしないとならないわけだが、この映画から受け取った命題は自分にとっても他人事ではないという実感がある。
 
ストーリー自体は、些細な喧嘩から長らく疎遠になっていた兄が遠方で倒れ、それを聞いた年老いた弟が自らのトラクターで500kmの道のりを越え、仲直りの旅に出るというもの。旅の行程において刺激的なことがあるわけではない。旅先で出会った人たちとの触れ合いを通じ、この老人が持つ「老いの意味」と、自らの手段を使い、困難を踏み越えて兄に会うことにより己の「自尊心」を見せることが兄との仲違いの歴史を一瞬にして霧散させ、そこにシンプルな兄弟の姿を見ることができる。淡々と落ち着き、それでいて人生のシンプルさを感じさせる映画である。
 
親に内緒で子を孕み,家出をしてきた少女に対する年長者として投げかけ、自分と同じようにくたびれたトラクターが途中で壊れた際に温かく接してくれる家族との交流が、人間は本来こうやって周囲の人間とお互いに支えつつ生きるものだと言うことを感じさせてくれる。
 
また、その時に出会った同年代の老人の独白につられ、自身がこれまで誰にも言えなかった過去の過ちを告白する。それは年月が過ぎても捨て去ることも逃げ出すことも、ましてや消化することもできない。しかし、それが人生を重ねることであり、今の自分を形作る「経験」という材料であることに他ならない。人はそうやって甘いものも苦いものも飲み込みつつやっと自分を確立し、自らを律し、自尊心を持てるものだと思う。
 
個人的に好きな・・というかインパクトを受けたシーンというかセリフは、自転車レース?の集団が夜の休憩時に彼と交わす会話だ。若い青年が「年とっていい事は?」と声をかける。それに対し彼はこう応える。
 
「目も足腰も弱って、いい事なんてありゃせんが・・経験を積んで『実』と『殻』の区別がつくようになって、細かい事は気にせんようになる」
 
青年は分かったような分からないような顔をしつつ、別の青年が「それじゃ、年とって最悪なのは何?」と重ねる。
 
「若い時を覚えていることだ」
 
これ、52歳の僕でも良く分かる。いや、分かった気になっているだけかも知れないが、子供の頃から大人の顔色を伺い、他者との競争の中でトラブルを避けることを学び、社会に出ていかに上手く立ち回るかという狡さも覚え、そして病気になって10年以上も自分と向き合わざるを得ない時間を持った僕にはとても重く理解できる言葉だ。
過ぎ去った時間とその時に取った言動は戻ることがない。それでもそれらは自らの血となり肉となり、己の精神に詰み上がっていることを実感する言葉だ。そう、僕も「実と殻」の区別がだいぶつくようになった。人を見ても、社会を見ても。それぞれ「実」と「殻」があるのだ。そしてそれらは必ずしも一致しない。
そして何よりも辛いのはその経験を今の身体で生かすだけの若い力が無いことだ。もちろん、彼が言った「若い時を・・」は昔のように楽しめない自分自身の老いた身体のこと、若いうちに色々と楽しんでおけとも言っているのだとも想像できる。僕だってこの足がもっとちゃんと動けば・・と思わない日はない。
 
この「ストレイト・ストーリー(The Straight Story)」というタイトルは、老人のセカンドネームが「ストレイト」であると共に、人生は紆余曲折はあるものの、真っ直ぐな道を自分の足で、時間をかけて淡々と進むことだと言っているような気もする。あくまで個人的な見解だけれども。
 
何というか・・心温まる物語ではあるが、今の僕の年齢でさえ突きつけられる現実に心が震える映画でもある。勇気を貰えるが、同時に恐怖も覚える映画でもある。ただひとつ、この映画を見て、ほんの少しだけ「老いへの心の準備」ができたような気がする。そんな映画だった。