読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

日常生活で思うこと、電子ガジェット、オーディオ、映画、小説を紹介するサイトです。

【ネタバレ】まさに「ヤラレタ!」と唸る最後の瞬間(映画:ピエロがお前を嘲笑う)

映画

お盆の帰省も終えて、個人的な夏休みはもう終わりかなぁ・・と思うとちょっと残念。これから暑さが増すことを考えると少々憂鬱な毎日でもある。

 

今日はドイツ映画である「ピエロがお前を嘲笑う」について書こう。

実はお休みということもあって、この前に「時計仕掛けのオレンジ」と「シャイニング」の2本のキューブリック映画を観て、そちらのインパクトがやっぱり大きかったのだけれど、この作品も微妙に小粒ながら最後のどんでん返しのインパクトに「やられた」感が強かったので紹介しようと思い立った。それに前2作はあまりに世間に評価が溢れているってのもあるし。

ただ、最初に書いておくと、この手の映画はトリックが解っていたらあまり面白く無いので、未見で興味がある方はこのエントリーは読まない方が良い。

物語はユーロポールに出頭し、主犯のベンヤミンの独白から始まる。彼はコンピューターハッキングの技術を持っていた。今までは冴えないピザ屋の宅配をしていたが、その技術を買われ、ハッキングチーム「CLAY」に参加する。彼等の目的はハッキング集団の中で目立ち、伝説のハッカー「MRX」に自分達の存在を示すこと。しかし「お遊び」のハッキングの際にユーロポールの情報を入手したベンヤミンが、自身のチカラのアピールのため、それをMRXに渡すことが殺人事件に発展してしまう。彼等はどうするのか?そしてタイトルである「WHO AM I(原題)」の意味は?

この映画は確かテレビでちょっと紹介されて興味を持ったもので、予告編を観て「観てみよう」と思ったものである。「このトリックを見破れるか?」と言われれば、映画やミステリー好きであれば、どうしてもそれに挑戦したくなるものだ。もちろん僕もその一人である。

 

この手の映画は、トリックに対する伏線、そしてミスリードが必ず存在する。つまり、トリックを暴こうと考えればどうしても自分の目はそちらに集中してしまう。頭に些細なセリフと画面を叩き込むことだ。だが、それをさせないテンポの良さがあるし、ハッキングの手段が思ったよりもシッカリと書かれていてそちらも楽しめる。僕は仕事がネットワーク/セキュリティ関連だということもあって、「これはアリかな」とか「これはちょっと無いな」なんて部分が面白くなってしまって、もっぱらハッカー集団がやっている手口を見ることになったりしていた。例えばハッキングの基本はソーシャルから。これはもう基本である。フィッシング方法のチラ見せ、瞬間だけ映されるハッキングのPC画面で、インターネット上に開放されたproxyを経由してくるところ、コマンドもなど目に飛び込む。この手の映画だとこういった部分はそれほど重要ではなくて割といい加減に作られるものだけれど、この部分が割とちゃんと作ってあって、それが面白かったというのもある。それと、サイバー空間を電車の車両に見立て、チャットルームを立体化させ、人との接触をネットワーク上に擬人化させてみたのも面白い。

 

まあ、これは本編とはあまり関係ないのだが。

前半は気弱なベンヤミンに若干のイラ付きを覚えるが、後半に入るにつれ「CRAY」のメンバーとして「みんながアッと驚くような」ことをやってやろうという野心に目覚めていく。ただ、本人の独白から始まることもあってか、ベンヤミンは結末の手前まで臆病な青年のままだ。最初に気になるのは角砂糖で見せるトリック。これはもうとても簡単なトリックなのだが、これに大きな意味がある・・と最初から思っていた。

そしてCRAYの面々がチームの保身のために徐々に行動が大胆になるに連れて起きた、ホンの些細な怪我。リーダーであるマックスが金網を破る際に手のひらを釘で刺してしまうのである。

そして映画は終盤に入り、ベンヤミンの供述も終わりに近付く頃、捜査官であるハンネはベンヤミンの手に「釘で刺した様なキズ」を見付ける。この瞬間、それまでに散りばめられていた伏線が一気に回収動作に入る。もちろん僕の頭もフル回転。このマックスが受けたハズのキズがどうしてベンヤミンにあるのか?これだけではない。他にもたくさんの伏線が一気に頭に振ってくる。これが楽しくて観ているようなもんだ。

この時点でベンヤミンが解離性同一性障害のひとつである「多重人格」であることに行きいたる。すべては「ベンヤミンが一人でやった」というひとつの結論だ。この説明の直前で自分の出した結論が、映画の結末にマッチした時の喜び。これがミステリーを観る/読む時の愉悦の瞬間だ。ここで「やった!」と思った。

 

だが、この後、別の司法取引で別の人格を得たベンヤミンが、最後にハンネに角砂糖のトリックを明かす瞬間。「人は見たいものだけを見る」と言われた瞬間に自分が負けたことを知った。言われてみれば、これは最初の独白での角砂糖のシーン、そしてマックスがベンヤミンに「大胆にやれ」と言われ続けることへの意味づけ、母親の介護と手元に置かれた空の薬莢の本当の意味が明確に繋がっていく。もう一度映画を見返してみれば、更にたくさんのことが見付かるだろう。しかしそれは、この余韻をもう少し楽しんでからにしたい。

 

ちょっと悔しいが、見事に「ヤラレタ!」と唸った映画である。どうやらハリウッドでの映画化が計画されているらしいが、このテイストを変に壊さないで作って欲しいなと思う。観るかって?もちろん観るさ。結末は分かっていても、きっとまた「何か」が仕込んであるに決まってる。今度は騙されない!