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南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

日常生活で思うこと、電子ガジェット、オーディオ、映画、小説を紹介するサイトです。

最近、ウチで流行ってる大昔のアメリカテレビドラマ(Taken)

映画

この名を見て「あぁ、あれか!」と思える人はそれなりの年齢の人だと思う。とは言うものの、この頃には「24」や「LOST」なども放映された時期で、アメリカテレビドラマのハシリではないかとも思う。「24」も「LOST」も最初は面白かったのだが、シーズン4とか5とかになると、もう「売れてるから止められないの?」みたいな気分になってくるし、話しが先延ばしのための冗長なものになってきて、アッという間に興味を無くしたのを覚えている。売れっ子になっていて物語を終結できない漫画家みたいだ。

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「Taken」はスティーブン・スピルバーグが制作総指揮(本当は脚本も含めてレスリー・ボームが多くを占めているのだろうが)ということで、日本でも少しだけ話題になった全10話のアメリカのミニテレビシーリズである。2002年のことであるらしい。僕は当時、リアルタイムで観ていたハズで、確か、週に1話ずつの放映で毎週とても楽しみにしていた記憶がある。

で、最近、様々な映画を観ていて「久し振りに観てみたいなぁ・・」という気分になったのである。家人はもちろん初見で、どちらかと言うと今は僕よりも家人がハマってしまっていて、最初は乗り気じゃなかったのに今では「10話で終わっちゃうのか・・もっと観ていたい。」と口にするようになった。

世界大戦のさなか、空軍パイロットであったラッセル・キーズは敵機に撃たれ、墜落寸前だった。だが気が付くと命は助かり、戦争は終結する。だが彼には、おぼろげながら異星人に拉致(Taken)され、人体実験をされた記憶が残っている。時を同じくして宇宙船がロズウェルに墜落されているのが発見された。それを発見した陸軍大尉のオーウェン・クロフォードは、それを自分の政治的武器として利用できないかと考え、画策するために犯罪をも怖れない。そしてもうひとつの家族、サリー・クラークの元に傷付いた青年が現れ、彼女は一夜を共にする。その相手が宇宙船墜落現場から逃げ出したエイリアンであった。以来、キーズ家、クロフォード家、そしてクラーク家のそれぞれの長い人生が絡み合い始める。頻繁に拉致を繰り返す宇宙人の目的は何か?

まずは何と言っても「名子役」、ダコタ・ファニングを「I am Sam」と共に世に知らしめたドラマであるだろう。当時8歳の彼女は、全体のナレーションを行っていて、実際に登場するのは後半からだ。しかし、彼女のナレーションは胸の痛いところ、あるいは心地良いところを打ち、身体自体に反響するように残響が残っていく。もちろんセリフは他の人が書いているのだろうが、ダコタ・ファニングの言葉として胸に突き刺さる。それも彼女の巧さだろう。今見返しても、これが8歳の子供だと思うと改めて驚く。クラーク家とキーズ家が4世代を通して生まれた、地球人と宇宙人との奇跡の子。彼女の演技はまさに「特別」だ。その存在感、淡々とした演技の中にも一見して「普通の女の子とは違うなにか」が深く存在するのが分かる。彼女が「名子役」に押し上げられたことが分かる作品だ。

 

一方、それに対してクロフォード家の存在はまったく対局にある。宇宙人の存在、目的を残忍な手段を使ってまで追って行く。そう、肉親の立場や命さえ利用して。そういう内面な部分という意味でも対局だと言えるが、彼等の行動がこの映画の「追われる者」「追う者」の構図を分かり易くし、全体のストーリーとしての緊迫感を大いに担っているポイントでもある。映画の中では非常に「憎らしい存在」だが、なくてはならない存在である。

 

この映画は、ある意味「大河ドラマ」である。3〜4世代の長い時を使って、「宇宙人の目的は何か?」に迫るのである。だが、結末は書かないでおこう。結末を知っていても楽しめる作品だけれど、ダコタ・ファニングが登場する後半からがこの映画の真骨頂でもある。結末を知って、前半だけを観たらこの映画の10分の1も楽しむことができない。そしてそこまでのシーンを追った上で、最後のシーンをどう捉えるか?宇宙人の人間の意図など度外視した冷酷までな「実験」としての行動が、人間との対比としてのコントラストを生み出していると思う。そういう意味ではスピルバーグ映画のそれまでのファンタジーとした「E.T.」などとは一線を画す物語になっている。

 

また、この映画の面白さの一つに、全10話の監督がすべて違うということもある。そのため、各話のテイストが微妙に違う。特に第4話辺りはホラーテイストが混ざっていたり、全体としてみると微妙に浮いている気がする。物語自体としては「なるほど、そういうこともあるよなぁ〜」と可能性の一つを思わせるが。

 

そうそう、映画本編の話しではないが、不思議なことが一つ。Webでちょっと調べると、当時、WOWOWでしか放送されなかったような記録しか残っていないが、僕はWOWOWを契約した覚えはない。でも、リアルタイムで観ていたような気がする。どういう手段で観ていたのだろう?もちろん、不正なことを行った記憶も無いし、そもそもそういうガラじゃない。これが唯一のナゾなのかも。(^_^;)

それから、あまり良くない品質のDVDの映像しか残っていないのがちょっと不満。ドラマとしては非常に面白いドラマ(良くできているとは別の意味だ)だと思うし、久し振りにDVDを観た時に映像と音響が今一つで少しガッカリした。映画界の革命であった「ジュラシック・パーク」が1993年の作品である。2002年だったら画質も音響ももう少しどうにかならなかったのかな?と思う。まあ、そこはテレビドラマだから仕方ない部分でもあるのだとは理解しているが。

 

総じて、SFテイストを持った大河ドラマとして非常に面白い作品である。1話が90分ほど。10話も少しずつ観ていくには充分な長さだと思うし、全10話であるから取っつきやすくあるだろう。まあ、10話では物足りない!という家人みたいな人もいるが。興味を持った方は観ていると良いかも。