南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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【ネタバレ】異色のSFサスペンス(映画:10クローバーフィールド・レーン)

最初に色々と書いてしまうとネタが分かってしまうので、まずは映画の紹介から。

夫婦げんかの末、家を飛び出したミシェル。その途中で自分でも分からないうちに事故に遭い、気が付いた時には知らない場所の密室に閉じ込められていた。密室は、昔軍隊にいたというハワードが作った地化のシェルターだった。同じようにシェルターにいたエメットとハワードによると、外は汚染された空気に覆われ危険であると告げられる。ミシェルを外に出さないために常軌を逸するハワードの行動、本当に外は危険なのか?疑いを持つミシェルとエメットは、徐々にハワードの狂気に巻き込まれていく・・。

まず、この作品は「クローバーフィールド HAKAISHA」の続編ではないと言って良いだろう。POVを使ったSF映画として独特の雰囲気を持ち、怪物に徐々に追い詰められていくあの緊迫感は、この映画では違う手法で用いられている。それは、ハワードのサイコパス的な行動にある。

最初は「クローバーフィールド HAKAISHA」の続編として観ていると、ストーリーに違和感を感じ、いつまで経っても現れない「怪物」に肩すかしを食らうかも知れない。しかし、気が付けば、「外は本当に危険なのか?」「ハワードの言っていることは本当なのか?」というミシェルの思考に強く引き込まれていく。そう、これは良質なサスペンスなのだとやっと気が付く。違うのは、訳の分からない破壊とハワードの狂気の差であり、自分が映画の舞台の駒の一部としてのめり込まされていくところが共通している。

 

その要因として、とにかくジョン・グッドマン演じるハワードの狂気が凄い。役者としても個人的に高い演技力を感じているグッドマンの怪演は素晴らしい。しょっぱなから怖いほどの圧迫感が続く演技、そして、ある程度打ち解けてきてニコニコと笑顔を見せ、一緒に食事を作ったりジグゾーパズルをしているグッドマンは、他の映画でも良く見る「グッドマンらしさ」がある。それが、ちょっとしたことで激高し、テーブルを叩き怒鳴りつけるような狂気に満ちた演技を見せる。まさにサイコパスのそれである。それもかなりの怖さだ。これだけでも見た甲斐があると思う。最初はどうもストーリーが思ったのと違うな・・と感じていたのだが、それもしばらくすると物語に完全に引き込まれてしまう。その時点で前作とされる「クローバーフィールド HAKAISHA」の意識は完全に飛んでしまっていた。ほとんどがこの3人だけで行われる密室という狭い範囲でのぶつかり合いが、結果的に観ているこちらへも身近な恐怖として伝染してくる。それは、IMAXの映像/音響効果もあるだろうが、多くはこの3人の演技によるものだ。それに付けられたいくつかのエッセンス。逃げようとするミシェルがまさに外に出ようとした瞬間、外から「中に入れてくれ!」と叫ぶ女性、ハワードが自分の娘だと言っていた女性の本当の身上と血が付いたイヤリング。肉体をも溶かすという危険な溶液。そして終盤でヒゲをそり落としたハワードの狂気に満ちた表情と「これで俺と二人だけになったな」という短いセリフで煽る恐怖もある。単に音とタイミングで怖がらせているだけではない。こんなグッドマン、初めて見た。

 

さて、では「怪獣は?」となる。

そもそも、予告編で多くの人は続編と思うだろう。UFOらしきものも出れば怪物らしきものも出る。正直なところ、これはちょっとズルいなと思った。こんなことをしなくてもこの作品はサスペンスとして充分な力量を持っている。「クローバーフィールド」だと言ってしまうと期待外れな印象を持ってしまうだろうが。

そういう意味では終盤のチープな怪物とUFOの分かりやす過ぎる出現、住所が「10クローバーフィールド」であったことなどは余計なスパイスだと感じる。SFの要素をまったく排除してしまうとそれは「外部の危険」と言うシェルターに閉じこもる意味が切り離されてしまうので、その点は悪いと思っていないが、ちょっと予告編とキャッチコピーが作為的過ぎるかなと感じた。これだけで「クローバーフィールド HAKAISHA」を継承した物語だと誰もが思うだろうし、実際、僕も家人もそう思っていたのだから。まあ、それがこの「外は危険なのか?」に繋がりもするのだろうから、ストレートに「悪い」とも思わないのだが。

 

最後にポストが倒れるところで住所が「10クローバーフィールド」であったこと、彼女が逃げ切ったところで再び闘いの現場に赴くところが、正直、ちょっとどうかな?と思う。この部分がここまで見てきたこの映画に対する自分の意識とのズレがある。あれだけ怖い思いをしたら誰でも逃げたいと思うだろうし、ポストが倒れた時点で映画から現実に引き戻されるような感触を持った。

ただ、この映画を採点するのであれば、サスペンスとして充分に楽しめた良い映画であったと感じる。ジョン・グッドマン、凄いね。