南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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コミック:「弟の夫」に感じる偏見のソフトランディング

気が付けば土曜日。家人はまだ高いびき。僕はどうも早起きが習慣づいているせいか、6時前後に目が覚める。それは、21時に寝ても午前2時に寝ても。昨夜は午前2時なので、おそらく昼過ぎに眠くなるだろうなぁ・・と考えれば、あぁ、土曜日じゃん!と安堵してみたり。つまり、休日の朝である。 

 

今日は「弟の夫」というコミックについて書いてみよう。

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ゲイアーティストとしてはその名を知られた田亀源五郎氏が初めて一般紙に連載された作品である。

ストーリーは、海外に行った双子の弟が急逝し、その国で婚姻関係にあったパートナーが日本にやってくるお話である。イキナリ来た「弟の夫」。つまり男性である。この事実を主人公と家族である娘がどう受けとめるか、それを社会がどのように見、行動するかを描く。主軸は主人公の心の葛藤として「ゲイの存在」を身近なものとしてどう受け取るか?がメインであろう。

 

最近はLGBT活動が世界的な波となっていることはニュースなどを読んでいれば分かることだろう。多くの企業活動にも大きな影響を与えている。

しかし、日本ではそうでもない。他の国でも似たようなことはたくさんあるのだと思うが、日本では同性愛はある種のタブーであったと思う。テレビに出ているゲイタレントを観てそれをステレオタイプとし、他のゲイについてはそもそも身近な存在としては感じておらずむしろ「無いもの」「あってはならないもの」的な扱いを感じる。

 

そもそもゲイは性的嗜好ではなく、性的指向である。それは下記の国連広報センターと法務省のページや、他にもいくつもサイトがあるので参考にすると良いだろう。

www.unic.or.jp

 

【法務省】性的指向及び性同一性障害を理由とする偏見や差別をなくしましょう

http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00126.html

 

この分野で日本はひどく遅れている・・とは考えていない。企業や自治体が少しずつ活動を始めているからだが。そもそも現代の文化的な側面として受け入れるだけの土壌が育っていないことがひとつ、自身と異なる存在を否定し、「悪しきもの」として考える民族的な傾向がそもそもあると感じる。まあ、そう言ってしまうと武家社会や仏教における「稚児」の存在はどうしたものか?とも感じるし、そもそも仏教の宗派によっては「稚児灌頂」という儀式もある。しかし現代の日本ではLGBTだけではなく、他人と異なる意見を出しただけで他者からの偏見の眼差しを受けることもあるだろうし、それは時に言葉や行動の暴力となって現れる。

あくまで個人的な意見だけれども、これは日本人の培った気質によるものでもあると思うし、LGBTだけの話しではないだろう。村八分なんてのもひとつの例だ。更に言えば、海外でもLGBT以外の差別と人種差別が根強いことは先日のアカデミー賞授賞式でもご覧になった方が多いだろう。特に今回は人種差別について強い主張がこれでもかと展開された。

ちなみに、既にカミングアウト(ゲイであることを告白していること)しているサム・スミスが「007 スペクター」にて見事!主題歌賞に輝き、そのスピーチにて「この賞を世界中のLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)に捧げます」と述べたことはとても印象的であった。以下のサイトにもちょっと面白いことが書いてある。

www.excite.co.jp

 

さて、前置きが長くなった。この「弟の夫」である。

氏は性的描写の多い作品を多く手がけてきており、一般紙への連載が初めてとのこと。本人のお気持ちを全て察することはできないが、大変な心的労力が必要であったことと思うし、外部の圧力も相当なものではなかったかと予想する。大きなチャレンジであろう。今までは書籍のゲイと言えば「BL」という風潮に一石を投じたと言って良いと思う。

個人的な感想として、この作品が多くの人たちに受け入れられるとすれば、まずは性的描写が無いことだろう。作中にも描かれているが、現実として多くの人たちはまず最初に「そのコト」を考えるに違いない。それは好奇心なのか恐怖なのか、それとも他の気持ちかどうかは分からない。ただ、性的描写が無いことで、これは日常的な1ページだと見える。ごくごく普通のこととして。そもそもゲイはいないわけじゃないのだ。様々な統計が発表されているが、日常的な生活を営む以上、知らずに多くのゲイと共に過ごしているのは必然でもある。まあ、本作ではまず「家族」を視点としているのでその点は絞って書かれているのだが。

また、登場人物である弟の夫、「マイク」を穏やかで気さくで優しい理知的な人として描いている点もあると思う。これはできすぎな気もしないでもないが、まずはとっかかりとしてはアリだろうし、僕は「マイク」のような礼儀正しき優しい人を見るのは好きだ。心が穏やかになる。「あぁ、やっぱり人間はこうでなくちゃな」とひどく感傷的な独り言が出るくらい。

 

ただ、難点もあるかなと思う。題材と著者がそうであるから当たり前なのだが、主人公の視点やものの考え方が、なんとなくゲイ側から見た視点であることだ。僕にはそれが多くの人にどう映るものか分からないが、少なくともこれに違和感を感じる人がいることは想像できる。若い世代はともかく、ずっと上の世代は特にそうだろう。高度成長期に横並びで突進することをたたき込まれた世代に「特別」は許されないし「自分と違うこと」には違和感があるような気がする。この部分がどう評価されるか?それが心配である。杞憂であれば良いのだが。

 

しかし、こうやって実際に作品がここにあることを実感すると、この先、こういった動きが加速し、世の中の差別的意識が改善される予感めいた期待がある。そういう意味で今後に更に期待したいと思う。

世の中は差別で溢れている。その差別の根源にあるものは「偏見」であると思う。その偏見を無くす作業を、穏やかにソフトランディングさせてくれるのが本書のような存在だと感じる。応援しています!