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南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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バック・トゥ・ザ・フューチャーは何故おもしろいのか?

映画

年に1〜2度は必ず観たくなる映画、バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズ。これ、自分の中ではどうして面白いと感じるのかなと考えてみたり。だって、観てきた時代を考えれば、最初の1985年から今の2016年(ちなみに今週観た)まで31年間、ほぼ毎年のことだから年に一度としても30回以上は観ている計算になる。最初は映画館で、次ぎにDVDの単品、そしてボックス、最後にBlu-Rayボックスを購入したところでやっと止まった。次ぎに4Kなり8Kなりの違うフォーマットが出てもまた買うだろう。

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どうしてこんなにおもしろいのか?今週観た後にまたも色々と考えてみた。20代だった自分から50代になった自分。環境や価値観が変化していくなかで、そこに共通するものはいったいなんだろうか?

 

ジェットコースター・ムービーである

 

まずひとつ目は「ジェットコースター・ムービー」であること。最初から最後まで、隙間が無いというか休むヒマがないというか。それも緩急があって、急激に落下したかと思えば急激な横G。Gが抜けて瞬間の安息があってもそれも束の間。すぐにまた激しく物語りが転がり始める。目を離すスキみたいなものがほとんど無いんだよね。会話をしている中にも物語の伏線がたくさん詰め込まれているので、途中で目を離すと面白さが半減する。この点が真っ先に感じるところかな。

そしてストーリーの繋がり、伏線の張り方と回収、もちろん矛盾点がないわけじゃないが、そんなものどうでも良くなるような流れるような展開。なんというか、「気が付くと観終わっている」。そんな映画である。

 

ロマンである

 

恋愛のことじゃない。未来はどうなっているのか?誰もがそう思うだろう。過去に戻れたら、あの頃の失敗をやり直したい。また、自分は両親がどうやって出会って、どんな時間を過ごし、そして生まれたのだろう。そういうことを考える人は多いだろう。だからこそ、H・G・ウェルズの「タイムマシン」に憧れた人達が多かったのは、今の映画でもタイムリープものが多いことを考えれば納得の行くところだと思う。同じ事はジュール・ヴェルヌ作品にも言える。実際、今までのH・G・ウェルズの「タイムマシン」やジュール・ヴェルヌの作品群の描写に影響を受けた作品は少なくないと思う。

時空を超える。それはもうロマンなのだと思う。実現不可能で夢のある、誰もが憧れる技術と世界感。これが今になっても色褪せない理由のひとつであると思うのだ。

 

タイムマシンがデロリアンである

 

奇しくもこのエントリーを書いている前々日?だったかな?に「デロリアン再販」のニュースが飛び込んできた。今観てもスタイリッシュで未来的なクルマである。この未来的なデザインのクルマがタイムマシンとして選ばれたことも大きいだろう。身近にあるようなものでは、せっかく映画という媒体を使って非日常的な世界に飛び込むのに、カッコ悪かったら幻滅である。かといって、あまりにもあり得ないものでも実感しにくいと思う。そう考えると日本の「ドラえもん」はアニメキャラという親しみやすいものにタイムマシンを絡めたという点が良かったんだと思う。もちろん、それぞれのアイテムの創造性の高さとユニークさが素晴らしいのもあるが。

更に、タイムマシンがクルマであるが故にガソリンが必要だったり、巨大な電力を得るために核燃料が必要であっても、140km/hに達することができないとダメという、よく考えてえみれば不思議な設定も受け入れやすく、それが過去から未来の中で「まだ材料が開発されていない」なんてドラマティックな材料を与えてくれるのだ。

 

マイケル・J・フォックスクリストファー・ロイドである

 

様々な解説やBDなどに付属する特典映像を見れば分かるが、最初は配役が違った。当時のマイケル・J・フォックスが、TVドラマ「ファミリー・タイズ」で忙しかったことは米国の方ならご存じだろう。実際にオファーに対して一度は断られ、別の配役で3分の1を撮影している。

しかし、この2人の相性の良さと言ったら、他にちょっと並ぶものが無いだろう。少年と老人、短気だがいじめられっ子の少年と、どこかイカレタ風の博士。2人の掛け合いが絶妙だ。この2人がいなかったらこの映画はこんなにヒットしていないと断言できる。

マイケル・J・フォックスは、僕と世代的にそれほど違わないこともあるのだが(身長も変わらなかったり(^_^;))、どこにでもいそうな少年、マーティー。それがこの映画の世界への没入、感情移入がしやすい。でも動きが軽妙で笑顔が愛らしく、勇気や行動力、そしてユーモアもある。演技は既にこの時点で折り紙付きでもある。

クリストファー・ロイドはその強烈な個性だろう。彼以上にこの役にピッタリな人はいない。コミカルで騒がしくて、終始ウロウロと落ち着かない。それでいて人情的で熱情的。その圧倒的な存在感をドクは持っている。

 

細かいギャグが「これでもか!」ってくらい秀逸である

 

もうこれは数を上げたらキリが無い。何回も観ていても「そろそろ来るぞ来るぞ!」とそのシーンを期待してしまうほどだ。それがもう「これでもか!」ってくらい配置されている。ドキドキハラハラのシーンでも思わず「そう来たか!」となる。よく日本の笑いと他国の笑いは違うというが、こういった正統的な質の良いギャグは万国共通なのだと思う。前にも書いたが日本のように他者を貶めて笑いを取るなんてのは、とても下品だと思う。子供への影響だって良くないだろう。イジメの原因になったり。

しかもそれが、違った年代でも同じシチュエーションで繰り返される。いや、もう実によく配置されているというか、唸ってしまうほどの緻密で計算されたシーンだと思う。

 

おわりに

 

シリーズもので失敗した作品は実に多い。回を重ねる毎に新鮮味もおもしろさも、そして興行収入も落ちて行く。しかしこの作品は違う。どれも「美しく」繋がっているのがシリーズ全部がおもしろい理由でもあると思う。

クルマが空を飛ぶのはいつだろうか?そんなことを考えるたびに、思い出すのはいくつもある未来を描いた作品群ではなく、この「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズである。SF映画は映画の作品的な評価をあまり得にくいが、そもそもSF映画はエンターテインメントだと思っている。現実可能か?なんかどうでも良いと思う。だとすればこの作品は非常に質の良い、そして僕にとっては最高の映画である。