南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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映画「エベレスト」を観て

そう言えば最近、映画館に足を運んで無いな・・と思い、家人と共に「エベレスト IMAX 3D」を観てきた。

前評判や前知識はあまり無かったが、映画の予告編を見て「事実に基づいた話し」ということは知っていた。

 

見終わって真っ先に思ったのが、日本映画「八甲田山」に似ているな・・と思ったことだ、次々と雪に沈んで行く兵士の姿がダブる。小学生の頃、なぜか授業の一環として生徒達と観た映画はとても暗く、悲惨であった。今でもこの時の恐怖は忘れていない。ちなみに、Wikiなどで調べるとこの映画は興行的には大成功だったらしい。

さて、この映画「エベレスト」は「事実に基づいた」部分を大切にし、映画的な脚色は控えめだなと感じた。タイトルから例えば「クリフハンガー」「バーティカル・リミット」みたいなものやスペクタクルを想像すると肩すかしを食らうし、人の死をリアルに感じる人には苦手な映画だろう。事実、家人は悲惨な描写は苦手なので重い気分になったようだ。

 

エベレストは美しい。それは映像とサウンドからも十分に満喫できる。屹立した頂の、自然が作り出した見事な営利で美しい刃、そこから見下ろす下界との大きな乖離が自分自身が他の多くの人達とは違う、大事業に成功でもしたような大きな達成感を手にしたと感じるのだろうなと思える。更に、自身の命を危険に晒す嵐でさえも美しいと感じてしまう。実際に登頂する人達がどういう経緯を経て昇って行くか、実際にはどういう雰囲気で、どういう手順で昇っていくかがある程度の実感を持って理解できる。そういう意味では良作だと思う。

同時に自然がいかに「生」に対して厳しいのか、正直なのかも実感できると思う。

 

しかし、人間はどうしてそういった危険を顧みず、自然に挑戦?いや、無謀か?をし続けるのか。エベレストなどは正に登頂に成功したものしか手に入れることのない体験を知るのだろうし、それを求めて自らの命を賭けることも理解できないわけじゃない。

あるいは、ギリギリの「死」を感じてこそ自らの「生」を実感したり確認したりする人もいるのだろう。だから冒険は無くならないし、ギリギリの「生」を勝ち得たある種の自己ヒロイズムみたいなものも魅力的なのだろうと思う。

 

それにしてもだ。そのために巻き添えになって行く人々のことを丸ごと肯定はできづらいし、家族や友人への負担などを受け入れることができないのが僕的なものの考え方だ。きっと行き着いた人の心情は一生分からないだろう。僕が今、他に大切なものに囲まれている以上、自分はエベレストには挑まないだろうな・・そんな感想を持った映画である。

 

最後に。過酷だったメイキングの動画もあったので貼っておこう。参考までに。

 

追記

唯一の女性で日本人の「難波康子さん」の役をしていた、ロンドン在住の日本人女優、森尚子さんの談話を見付けたので、それも貼っておきます。

www.nikkei.com