南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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最近のSNS雑感(やっぱ俺には合わないのかも)

僕くらいの年代になるとSNSというかコンピューターにはある程度の抵抗があるものだろうけれど、電車に乗ってみればジーチャンやバーチャンもスマホを持ってるわけで。そうやって考えるとSNSなんかもガラケーでのメールの延長みたいな考え方もできるのかなと思ったりする。

事実、僕のFacebookなりTwittermixiには若い子からお年寄りと称される60代過ぎの方もいらっしゃっる。まあ、今の時代だと60代を「お年寄り」と言って良いのかどうか分からないが。
 
僕は仕事柄、ある意味IT分野においてはアーリーマジョリティかカテゴリによってはイノベーターになったりもする。そう言う意味ではSNSに関して言えば同年代の方々と同じ感覚を持っているかと言うと、ちょっと外れているんだろうなと思う。まだそういうツールが出てくる前にはインターネットNewsシステムがあって、それを利用していたし、初期のNifty2chも見ていてあまり違和感も嫌悪感も無かった。もちろん、匿名性による他者への無責任な罵倒や中傷を読んでいれば当然イヤな気持ちになるものの、それも人間が持っている特性のひとつなんだと思えば、悲しい気持ちはあるとしても自分にもそういった側面はあるものだと思ったりもする。まあ、かといってすべてが本人が特定できるカタチがベストかと言われるとそれも違う気がする。匿名であるが故に出る意見だってあるのだから。
 
とかく日本人は他者に対する自分の位置づけや特異であることを良しとしない。「出る杭は打たれる」なんて言葉もあるし、「出過ぎれば打たれない」なんて言い方もあるけれどこれだって日本人的テンションを他者との間に発生させていることは間違いない。出方が悪ければ、やっぱり打たれるし、その失脚を望み、虎視眈々と狙っている輩もいるわけである。まったくもって生きづらい世界だなと感じる。
 
で、前置きが長くなったけれど、SNSである。といっても僕がアカウントを持っていたのはmixiFacebookTwitterだけ。
 
mixiは、交友関係が広くなってくるに連れ裏で繋がる人間関係の複雑さが目に見えない抑圧になってきて止めた。要は「下世話な噂話」や「強引な人間関係の強制」を感じたからである。群を成すのがイヤだとかってわけじゃない。ただ、自分で見てもない陰口や罵詈雑言を見るのは嫌いだし、何かを強制されるのはもっと嫌いだから。同調圧力に屈しない生き方をすれば、そのうちツマハジキにされるような気持ちの悪いこともあったりする。で、止めた。
もう一つ、途中から「出会い系」な雰囲気になってきたこともある。僕はそういう目的じゃなかったから。もちろん、ツールの使い方は人それぞれで、出会い系ツールとして使うことに異議を挟むわけじゃない。僕が合わないってだけで。
 
Facebookは放置。本人性の確保という点で発言に安心感はある。しかし、そこに会社の人間が入ってくると、Facebookの中にまで会社の関係を維持しようとする力が働いてくる。職責が上位の連中には「誕生日おめでとうございます!」と集中しても、若い一社員の誕生日は無視だったり、ちょっとしたことで上司を「流石です!」なんて褒めちぎったり。会社で偉いのは会社で業務を進める上での能力が高いと評価されたのであって、その人間性やヒトとしての上下を決めるものじゃない。それが発言となり、場合によっては暴力的なカタチにさえなってくるように思えて気持ち悪くなり、結局放置。退会していないのは、それによってまた面倒なことになるのが嫌だったから。
しかし、逆に自分が持ち上げられる立場だったらどうだろうか?と考えるけれど、やっぱり同じだったと思う。会社でできる会話の延長上にあり、気楽な世間話を対等な立場でできなければSNSなんて意味がないなと感じると思う。
 
最後にTwitter。これはまだ続けている。それは鍵をかけて基本的に狭い人間関係で構成しているせいもある。それじゃmixiと同じじゃ?と思うかも知れない。でも、mixiと違うのはその140文字という文字制限によるものがある。多くが日常で起きた自分のことを簡単に書くだけだからだ。140文字以内なら短い時間でサラっと読めるし、そこに多くの情報を詰め込むことができない代わりに、ある程度の端的でシンプルなニンゲンが見えるのが好きだから。場合によっては「どこそこのレストランが美味しい!」とだけでも有用な情報だし、誰かにトラブルが発生したら「助けて!」との声にも反応しやすい。
ただそのTwitterも最近は他人の意見をそのまま流す公式RTなり、どこかの宣伝だったり、意味の分からない投げやりとも思える一言だったりすると、これもそろそろどうかなぁ・・なんて思い始めている。実際に友人達のツイート数も減りつつあるのは、ある程度これもそろそろ終わりで良いんじゃね?って人もいるんじゃないかと思ったりもする。
 
つまるところ、これらのツールはリアルな人間関係の補完でしかないと思える。だとしたら、友人関係の輪はリアルでは実際に対面したことの無いような(昔で言う文通/掲示板友達)ものも含めて複数あるわけで、その輪が場合によっては重なったり反発したりしているのだから、それを実現できるようなツールであれば自分は良いのかなとは思うが、こうなるとLINEのグループとかmixiに逆戻りな気がして。あぁ、また嫌な思いをするのかな・・なんて考える。
 
というわけでね。何となくSNS嫌いというより、今まで見えなかったものが陰日向になって見えてきたことで人間嫌いになりつつある今日この頃。他人に冷たいのは今の世の中だけれど、ある意味身内に近い部分も冷たいと感じたら、誰とも関わりたくないって気持ちも分からないではないなと思ったり。こういうの、日本人特有なのかなぁ・・?僕に問題があるのかもな・・。そう思ったりもする。あぁ、これがいわゆる「SNS疲れ」なのかなともね。
 
なんか上手くまとまらなかった。ごめんなさい。