南瓜の馬車 〜いいわけでも許して〜

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ダーティなヒーローは美しくなければならない(映画:汚れた英雄)

今どうして「汚れた英雄」なのか。まあ、単にDVD/BD棚から発掘したので見たくなっただけなのだが、自分自身がレースの世界に身を置いていた頃と重なるということもある。当時は、ピット内でもテーマ曲であったローズマリー・バトラーの「Riding High」が頻繁にかかっていたものだ。なんとなく速く走られるような気もしてね。

二輪国際A級において、北野晶夫はプライベーターながらもワークスの大木に果敢に挑んでいた。レース、特にGP500には大きな資金力が必要となる。北野はその美貌でジゴロを気取り、資金力を得ていた。もちろんそれは、「世界の各コースのコースレコードを塗り替える」という壮大な野望と共に。

そして、最終戦。ポイントで接戦を演じる大木との一騎打ちに新人が加わる。レースの行方は・・。

まず目を引くのはそのコピーだろう「0.1秒のエクスタシー」。これ、レースをする人なら実感として沸くんじゃないかな。レースをトータルで良い成績を残すことは必要だけれど、一周毎にほんの少しタイムを削ることへの執念は常人には理解できないだろう。その先に「死」が待っていても。

当時はまだサーキットの安全策に問題があったりもしたが、現在ではサーキット走行はそれなりの安全性を持っている。セーフティゾーンを広くとり、マシンも転倒した際のダメージを減らすような方向に向かっている。特に印象深いのは2011年のマルコ・シモンチェリの事故だろうか。転倒したマシンをコース上に復帰させたマシンの技術がアダとなった・・と一般的には言われているが、あれも大きくマシンの安全性を上げたと思う。他にも昨年だとMoo2のルイス・サロムが、同じMoto2では以前に富沢詳也も、そして個人的に絶対に忘れることのできない加藤大治郞の事故、オイルに乗って転倒したマシンの下敷きになった永井康友、他にも昔であれば世界に初挑戦したのに本戦を走ることなく夢破れた石川岩夫さん、ピットロードで観客との接触で命を落とした若井伸之さん・・ちょっと暗くなりそうな話題だが・・。しかし、高速で転倒するマシンに跨がる身としては、モータースポーツはまだ危険が少ない方だとも思う。確か・・ラグビーの方が事故が多いのではなかっただろうか。過去の記憶だが。それでも、時速200km/hを・・今では360km/hをだが・・超えるスピードとの戦いは、己の恐怖との戦いでもある。それは事実だ。

さて、話しを戻そう。

本作の主演である草刈正雄さんのレースシーンの代役を努めたのが平忠彦さんだ。当時はまだそれほど速かったという印象はない。むしろ、ライバル大木の走りを見せた木下恵司さん(後にHONDAに移籍)が突出して速かった。最後のクレジットを見ると、他にも上野さんや徳野さんなどそうそうたるメンバーがサポートしているのが分かる。平らさんはその後にTECH21のスポンサードによりCMにも出演したハンサムガイ(死語?)だが、その要望が草刈正雄さんと良く似ていたというのもあるだろう。

レースシーンにおいて、接戦を繰り広げられるシーンは、併走したカメラから撮ったものだろう。それほどスピードのノリと風などの雰囲気がない。実際に走った人なら分かるが、他車との相対速度は変わらなくても300km/h程度は出ていたハズで、マシンから景色を見る余裕はない。それは、映像では表せない「G」と「風圧」が表現できないからだ。乗っている身からすれば、景色は流れる線に、風圧は立ち塞がる大きな壁となり、Gはマシンを路面から引っぺがし、コースの外に押し出そうとする強烈な力だ。現在はマシン・・とりわけタイヤの性能が上がり、アベレージスピードは更に速くなっているが、併走したカメラでもその点を踏まえた上で良く撮影できていると思える。トップとのサイドバイサイドを繰り広げる緊張感も良く表現できていたのではないだろうか。

細かいところでは、最終戦に挑む北野が通る通路、あれ、FISCOの地下道じゃないかな?とか細かいところで昔のことを思い出したり。

また、ひどく懐かしかったのが、直列4気筒を搭載したファットに見えるTZ500だ。その乾いた2サイクル4気筒サウンドにシビレっぱなし。現在のMotoGPが4サイクルになったことで、一番変化を感じたのは「音」だ。もちろんマシンの性能が時代と共に飛躍的に上がり、現在ではコーナーからの脱出のみならず、進入でのターンインにリアタイヤを滑らせてアペックスに寄せる技術を持つライダーすらいる。これもタイヤや車体、そしてライダーの技量の大きな進化だろうと思う。その代わりにあの魅力的な「音」は無くなった。その昔、ポップ吉村が「食事もクソも同時にする2ストはクソだ」なんてセリフも思い出す。そのポップは4サイクルに拘り続けたりもした。

マシンとレースのシーン以外にはセリフが少なく、ストーリー展開に面白みが足りない気はするが、やっぱりこれは僕やレースをやっていた人には特別な映画だと思う。ちなみに、当時も今も変わらないと思うが、レースだけで食っていけるライダーは一握り。劇中の北野のように豪華な自宅にプールまで持っているようなライダーは多く存在しない。ライダー=貧乏と思ったものだ。その辺の違和感を感じつつも、やはり憧れがこの映画にはある。そして、特に北野は美しい。草刈正雄さんは美しいが、それ以上に孤独で美しかった。

そして世界に出た北野の最後。彼は夢の渦中であったのだろうか。自分の夢を疾走している間に天に召されたのだろうか。映画を見終わった後にそんなことを考えた。

懐かしさと共に、昔の郷愁、そしてあまりに美しかったダークヒーロー、北野晶夫を久し振りに堪能できた。今シーズのMotoGPも佳境に入り、次ぎは日本GP。母国GPはやはり特別なものだ。今から楽しみで仕方がない・・と当時に、今シーズンもあと僅かだなと思うと寂しさもあるかな。